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河北省箋源県希望小学校訪問記

出所:チャリティー委員会 作者:チャリティー委員会 日期:2008-11-13 クリック数:
 チャリティ委員会では毎年恵まれない地域の小学校を1校選定しその学校に皆様からお寄せ頂いた募金を寄付して新しい校舎を建設する活動を行っております。本年度は中国側の窓口である中国青少年発展基金会と協議の上、河北省箋源県金家井郷の王家井小学校に寄付する事に決定し昨年12月8日青山会長以下7名で同校を訪問しましたのでその内容をご報告いたします。(以下紀行文的に書いてみました。)

 発展大廈の御厚意で準備頂いたマイクロバスにおみやげの古着や靴などがいっぱい詰まったダンボール10個を積み込み朝8時に出発。古着等は以前婦人委員会が集めて頂いた物。メンバーは茅野日本人学校校長、青山会長、植松副会長、家根谷委員、貫井委員、一宮と事務局の彭さん。さらに発展基金会から呉副主任、王さんも参加された。全員往復8時間以上のバス移動と聞かされていたので若干緊張気味であったが、一方箋源県とはどんな所かと想像しながら期待のスタートであった。
 三環路から京石高速道路に入り南下する。河北省に入った所で簔州市を通過した。ここは昔「簔県」と呼ばれ三国志で有名な劉備、関羽、張飛三人の桃園結義が行われた所と言われている。
 高碑店市で高速から降り、国道112号に入る。バスは一路西に向かうはずであったが道を間違えていつのまにか北京に向かって走っていた。植松副会長がすぐに気付いたため10分程度のロスで済んだ。さすが運輸の専門家と一同感心した次第であった。
国道は山間部に入り次第に道幅が狭くなり、舗装はされているもののバスのゆれはかなり激しい。ただこの頃から天気は快晴となり周りの風景も開けて来た。清朝時代の西陵を過ぎてしばらく進むと拒馬河沿いの道となった。この川は幅も広く水も澄んでいてなかなかの景観であった。このあたりには数十kmの長城が残っている。かなり痛みが激しいが見所もありそう。天橋という所を超えて箋源県に入ると県政府から出迎えの車が来ており、そこから招待所まで先導をしてくれた。ここまで北京から4時間半の行程であった。

 箋源県の中心部は立派なホテル等もありかなり開発の進んだ町だとの印象を持った。県全体の人口は26万人、そのうち農民人口が22万人との事。招待所で県の幹部の方々と昼食を取った。早く小学校を訪問したいと時間を気にしながらも盛り沢山なご馳走をいただいた。
 いよいよ小学校に向って出発。町外れから突然一面の荒野に突入した。これまで国道を走っていた時もかなり地方に来たなあとの感覚であったが、ここではまるで道無き道を行くが如し。冬枯れのためトウモロコシ畑も単なる草原も見分けが付かない。すっかり干上がった川も橋は無くバスでそのまま横断したが雨の時は町に出るのに苦労しそうである。
 それでも20分ぐらいで金家井郷に到着した。村人達が物珍しそうに集まっていた。県庁からの幹部一行と日本人が大型のマイクロバスで現れるだけで村としては一大イベントであったと思われる。バスを降りると小学校までの道の両側を生徒達が並んで出迎えてくれた。「歓迎、歓迎」の大合唱の中を通り抜けて校庭に入る。この学校は昔のお寺を借用した物だが建物の痛みは相当ひどい。机や椅子も大きさや形がまちまちで我々の為に校庭に並べてくれた机もみすぼらしいものであった。教室の窓はガラスではなく障子窓になっており横殴りの雨が降ればすぐに破れてしまう状況だ。校長先生も農民と同じ服装をされていた。
 
 約300人の生徒が整列し、挨拶が始まった。生徒全員はそれぞれ手に小さな袋やざるのようなものを持っている。いったい何を持っているのだろう。これは後で判った。先ず青山会長が流暢な中国語で呼びかけると初めは恥ずかしそうにしていた子供たちから元気な返事が返って来た。貧しいけれど子供たちの目は皆キラキラと輝いている。「日本人をみた事がある人は手を上げて」の質問には2割ぐらいの子が手を上げた。テレビで見たのであろうか。続いて持参した古着類や日本人学校生徒の作品を贈呈した。そうすると彼等の方からもお返しの物があると言う。現地の校長先生が麻袋を取り出すとこの中へ生徒達が手に持っていた物を次々に入れて行く。いっぱいになった麻袋を覗いて見ると中はなんとドングリとクルミであった。生徒全員が少しずつ拾い集めている光景が目に浮かび一瞬ジーンと目頭が熱くなった。このお土産は茅野校長が日本人学校に持ち帰り子供たちに見せて頂くことにした。もちろん食用になるものではあるがコマやヤジロベエを作ることも出来るはず。

 早く新しい校舎を建設して子供たちの喜ぶ顔が見たい。彼等と比べて我々はなんと恵まれた贅沢な生活をしているのだろう。我々のささやかな活動がすこしでも役に立てる事になるのは本当にうれしい。
 授業参観をしたり、新校舎の建設予定地を見学してから金家井郷を後にした。子供たちと別れを惜しむ。「再見」「再見」‐‐‐また会いましょう。
県境まで県政府の人たちが送ってくれた。北京まで200km、日暮れまでに山越えが出来るかどうかの微妙な時間。帰路はバスの運転手も一度来た道なのでスピードを上げる。帰りは4時間以内で走り北京に着いたのは午後8時であった。遠い道のりを一日中バスにゆられて少々疲れもあったが全員さわやかな気持ちでこの活動に参加出来た事を喜びあった。北京日本人会の社会貢献の一つとして今後もこの希望工程活動を続けて行きたいと思う。

チャリティ委員会の活動について

 チャリティ委員会は現在男性8名、女性4名のメンバーで活動しています。全員ボランタリィ精神の旺盛な仲間です。一年間に一校の希望工程小学校(希望工程とは中国の一政策で貧困農村の学校環境改善のことを言います)に寄付するため日本人会のイベント等(例えばゴルフ大会や年末パーティ)を通じて寄付金集めます。また校舎建設資金の贈呈時と校舎完成時に小学校を訪問します。このための準備作業(学校の選定、寄贈品の収集など)も行います。これまでに北京日本人会が寄付して建設した小学校は河北省で4件、遼寧省、内蒙古、病西省各一件です。委員会のモットーは「明るく、前向き、謙虚」です。あなたも参加してみませんか。


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