カテゴリ
相互文章

 

 

 

 

医者の不養生 vol.13―路傍の吸殻

出所:在中国日本大使館 作者:医務官 稲富雄人 日期:2009-06-11 クリック数:

 ついに出てしまいましたね、新型インフルエンザ。
 しかし、この話題に食いつくかと思わせる前振りをしておいて今更なんなんですが、今回はまったく関係ない話をしましょう。

 北京も未だに痰を吐く大人や、道端、果てはバスの車内やレストランの床でまでトイレをする子供を見かけることがあり、「まだまだだな」とがっかりすることもしばしばですが、それでも、オリンピックを迎えて以前よりは街が小奇麗になった気がします。

 その中で、やはり未だに目に付く悪習の一つとして「ゴミのポイ捨て」があります。 まず一番目に付くのはタバコのポイ捨て。中国は世界でもっとも喫煙人口が多い国といわれており、世界中の喫煙者の1/3は中国にいるというデータもあるようです。いえ、別に医者らしく「タバコは体に悪いから止めるべきだ」と声高に言っているわけではありません。現に私も喫煙者の一人ですし。一応一番軽いものを選んだり本数を減らしたりして、それなりに罪悪感はあるのですが、はい、まさに「医者の不養生」、不徳の致すところです。

 まあ、つまり、それだけ中国はポイ捨て人口もおのずと多くなるという話です。 それ以外にも丸めた紙くずを車の窓から捨てたり、コンビニの袋から飲物を取り出すや、歩きながらその袋を捨てたりと、私自身が目撃したことも多々ありますが、この光景からはレジ袋有料化はそれなりに正解だったようです。

 ある中国人に、このゴミのポイ捨てのことを話したところ、その中国人曰く「道端のゴミを拾ってきれいにする仕事で生計を立てている人もいるんだ。その人たちから仕事を奪うわけにはいかない。」とのことでした。詭弁としか思えないこの言葉を聞いたとき、ふと以前、同じような言い訳を聞いたことを思い出しました。

 それは私が中東に赴任していた頃、車道の脇で、走ってくる車を避けながらマジックハンドの様な物で、一つ一つゴミを摘み上げて拾っている清掃会社のお兄さんの目の前に、知り合いがゴミを投げ捨てた時に、「なんてことをするんだ」と私が言うと、「イスラムの教えでは富める者は貧しい者に、持っている人は持っていない人に施しをするもの。私は彼に仕事を与えたんだ。」と、さも誇らしげに答えたのです。 さらに詳しく聞くと、彼ら清掃員は、その日に拾ったゴミの重量による歩合制で給料が決まるとのこと。そう言われると、なんとなくそういうものかと思いましたが、「じゃあ、直接彼が背負うかごの中に入れてやればいいじゃないか。」と、なおも食い下がると、「それじゃあ彼が仕事をしたことにならない。仕事は仕事だ。彼の仕事はゴミを拾うことなんだ。」と、そもそも言い訳が得意なレバノン人の彼の、いつもいい加減なくせに妙に理論的な説明に、それ以上言い返す言葉は見つかりませんでした。

 彼のやったことが本当にアラーの教えどおりなのかどうかはよく知りませんが、イスラム教と、共産主義的というのか社会主義的というのか、中国の相互扶助的な考え方に共通点を見た気がしました。

 いずれにしても、クールに個々の役割を分担するのは、他人に迷惑をかけてはいけないと小さい頃から教えられ、どこか「自己完結型」を目指してしまう日本人の感覚とはちょっと違うものがあるのかもしれません。 「自分のケツは自分で拭け」という言葉もありますが、北京の故宮で撮影されたという映画「ラストエンペラー」では、皇帝の「ケツ拭き係」が出てきます。ただ、私なら、もし「ケツ拭き係」がいたとしても、やはりすんなり任せる気にはなれません。

 ですから、最近は道端の吸殻を見るたびになんだかお尻がムズムズする気がしてしまうのです。

 なお、このコラムでは、なかなか個別に応じて差し上げることができない在留邦人の方の健康相談の窓口としても、皆様からの御意見、御質問を受け付けたいと思っております。残念ながら全てにはお応えできませんが、できるだけこの紙面をお借りしてお応えしたいと思いますので、下記アドレスまで御遠慮なくメールをお送り下さい。

 medical@eoj.cn


前の文章:医者の不養生 Vol.12-小奇麗な鼻たれ小僧
次の文章:医者の不養生 vol.15―チャイニーズドリーム