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医者の不養生 vol.19 かぐわしき悪臭

出所:在中国日本国大使館 作者:医務官 稲富雄人 日期:2010-06-03 クリック数:

 さて、今回も締め切りに追われていますが、どうしても出張とこのコラムが重なる月はなかなか時間が足りません。

 現在世界中に約100名ほど配置されている我々医務官ですが、世界中にある大使館や総領事館の数はそれと比較にならないほど多いため、その中でも特に医療事情が悪い国や在留邦人が多い地域の在外公館を中心に配置されています。それでも必要とされるすべての公館大使館や総領事館)に配置するには人数が足りませんので、現在は1人の医務官がいくつかの公館を兼任しており、これら担当公館の館員や館員家族の健康状態をチェックするために年に数回「巡回検診」と呼ばれる出張をするのです。本来業務はまさに今お話ししたとおり、館員と館員家族の健康状態チェックなのですが、これら医務官不在の公館には、つまり医療の専門家がいませんので、この出張の機会を利用して日頃情報の入らない担当各地の医療事情を調査したり、各地在住の在留邦人(日本人会や日本商工会など)の方々と医療に関する意見交換を行ったりするのもまた大事な仕事のひとつです。兼任する公館は基本的に近隣国のことが多いのですが、場合によっては移動だけで2日がかりになる担当公館を持つ医務官もいます。北京の場合、瀋陽、大連、青島にある各公館が担当なので国内ですし比較的移動も楽なのですが、それでも実質滞在時間が1日~2日と限られた中では朝から晩まで予定がびっしりというのも珍しくありません。また、大使館の管轄地域に各担当公館の管轄範囲を加えると中国全土のほぼ2/3を担当することとなり、広大な中国ですからそれだけでも他の国の数倍の面積を担当することにもなりますので、残念ながらとても一人で全部を見て回ることもできないのが実情です。それでも出張の際には日本人が多く住む近隣地方都市にはできる限り足を伸ばすようにしており、そうしてお話を伺った在留邦人の方々からは、現地特有の生活上の苦労や医療の問題など、勉強になる話を伺うこともしばしばです。また逆に日本に住んでいる人でもなかなか医者と雑談(ここはあえて「意見交換」ということにしておいてください…)する機会というのもないかと思いますが、ちょっとした話が意外に驚かれたりおもしろがられたりすると、このコラムと同様、少しは何かの役に立つかな?と勝手に遠路の出張にも満足しています。そんなちょっとした話も今後このコラムでご紹介してみようかなと思いつつ、今回はまず出張のたびに利用する北京空港について最近気づいたことをお話ししましょう。

 北京首都国際空港は、オリンピックに向けて作られた空港ですのでまだ2年あまりしか経たない新しい空港です。ですが、最近は空港のトイレの悪臭がひどいのが気になります。もちろん新しいトイレなら臭わないというわけではなく、でもきっとかなり多くの人手が清掃に費やされているはずだと思うのですが・・・やはり気になります。

 一年ほど前、中国人の看護婦さんで日本語を流暢に話すのに今まで日本に行ったことがなく、このたび生まれて初めて日本に観光旅行に行ってきたというので、早速初めて見た日本の印象を聞いてみたところ、まず、「どこに行ってもトイレがきれいで驚いた。」と予想もしない感想が返ってきました。え?そこ?という感じなのですが、でも言われてみると確かに今の日本にはよほど汚い公衆トイレでもない限り悪臭漂うトイレというのはあまり見かけなくなりましたね。一方こちらではそれでも最近ずいぶんきれいになったとはいえ、レストランでもトイレの近くの席だとかなり食い気が失せるような臭うトイレがまだまだ多いような気がします。そんな席に当たると不運だと思ってしまいます。

 ところで、以前は人間の尿にはアンモニアが含まれていると信じられていましたので「ハチに刺されたときにはおしっこをかけると良い」と言われてきました。これには一応科学的な根拠があって、ハチの毒には蟻酸(ぎさん)という酸が含まれているため、アルカリ性のアンモニアで中和することによって痛みが軽減するという理屈からこう言い伝えられたらしいのですが、その肝心のおしっこにアンモニアが含まれていないことがわかり、現在はハチに刺されたときにおしっこをかけても効果はない、迷信となっています。一方で、おしっこはなんとなく汚いものと信じられていることが多いのですが、実はこれも迷信で、出てきたばかりのおしっこというのはほぼ無菌状態ですので、たとえばきれいな水がない場所でケガをして傷を洗浄する必要がある場合などは、おしっこをかけることも決して間違った処置ではないのです。話しが少しずれましたが、人間の体の中でアンモニアが生成されること自体は事実です。特にタンパク質を分解した際に発生しますので、ちょうどある種のチーズや臭豆腐(この名物を試したことない方はぜひ一度お試しあれ)やピータン(皮蛋)が熟成の過程で、タンパク質をうまみ成分であるアミノ酸に分解する際にアンモニアを発生し、結果としてトイレ同様のにおいがするのと同じです。日本にも味噌や醤油に代表される多くのタンパク質発酵食品があり、外国人にはなじみにくいものも多いようですが、納豆が若干アンモニア臭がする以外あまりアンモニア発酵する食品はないような気がします。しかし、このアンモニア、実は人体、特に脳にとっては非常に毒性が強く、血液中にアンモニアが多く存在すると意識障害を起こしてしまいます(あ、誤解のないように。臭豆腐やピータンを食べるのは全く問題ありませんよ!そもそも食べるという行為は医学的には厳密には体外で行われることなのです。消化管や呼吸器内は体外扱いで、これに対して厳密に体内というのは血液や筋肉、脳や肝臓など通常は外界のものに一切接していない部分のみを指します)ので、早急にこれを尿素という無毒性のものに変換してしまいます。そして尿中に排泄するのです。
 (正確には一部は「尿酸」の形でも排泄します。)しかしこの尿素、空気中の細菌によって短時間のうちに再びアンモニアに分解されますので、放っておくとあの鼻を刺すような悪臭が漂うようになってしまうんですね。つまりはトイレが臭うかどうかということは、やはり掃除が行き届いているかどうかということに結びついてしまいますので、もっぱらきれい好きと言われる日本人にはどうしても「悪臭」と感じるのでしょう。ひいては生理的にピータンや臭豆腐のにおいをどうも受け付けないという人が多い理由になるのかもしれませんし、そう考えるとこのような食べ物に慣れ親しんだ中国人はトイレのにおいに日本人ほどの嫌悪感を抱かないのかもしれません。いや、もしかすると中にはレストランのトイレの近くの席では私と違って食欲をかき立てられるという人もいるのかもしれませんね。パブロフの犬ではありませんが、育った環境による条件反射から考えると決してあり得ないことではないでしょう。 だとすると今度からレストランでトイレの近くの席に当たったときには、ピータンも臭豆腐も好きな私はむしろ「ラッキー!」と喜ぶべきなんでしょうか・・・?

 なお、このコラムでは、なかなか個別に応じて差し上げることができない在留邦人の方の健康相談の窓口としても、皆様からの御意見、御質問を受け付けたいと思っております。残念ながら全てにはお応えできませんが、できるだけこの紙面をお借りしてお応えしたいと思いますので、下記アドレスまで御遠慮なくメールをお送り下さい。

 medical@mofa.go.jp ※アドレスが変わりました。

 また、このコラムは、医務官が北京で暮らす中で、あくまで一人の日本人医師の目線で日々感じたことを書き綴ったものであり、大使館としての公的見解や方針とは何ら関係ありません。


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