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医者の不養生 vol.22 痛みと痒み

出所:生活環境委員会 作者:医務官 稲富雄人 日期:2010-12-10 クリック数:

 また寒い季節がやってきました。そして寒さと同時に乾燥の季節です。北京の生活も3年目、4年目ともなると次第に体が順応してくるのか、この乾燥にもやや慣れた感がありますが、今回初めての冬を迎える方々にとっては、乾燥からくる様々な体調不良に悩まされる時期でもあります。

 まず、大人でもそうですが、特に子供さんに関して相談が多いのは鼻出血です。日本では滅多に鼻血など出さなかった子供や、ましていい年をした大人までもが北京に来たら鼻血を出すことも少なくありません。中には鼻血を出したお父さんが、北京に来て何か興奮するようなよからぬことをしでかしているのではないかと、奥さんにあらぬ疑いをかけられたという話から、日頃から少し血圧が高いと言われていたのが悪化して、ついに血管が切れ始めたのではないか、いつ脳の血管が切れるか心配だ・・・こう何度も鼻血が出るのはきっと鼻の中にガンができているのではなかろうか・・・という心配まで、いずれおとらずまったくもって気の毒な話であることには変わりありません。ほとんどの場合、乾燥による鼻粘膜の亀裂からの出血が原因ですので大量に出血することは少ないのですが、子供の場合は粘膜の血管が豊富で、粘膜も弱いため、比較的頻繁にそれもかなり長い時間止血しないことがあります。それでもあまり心配することはないと思われますが、心配な場合は(大人も)一度耳鼻科を受診してみて下さい。

 さて、病院にかかるほど心配にはならなくとも、日頃の深刻な悩みにつながるのが乾燥による皮膚の痒みです。さらにひどくなると痒みにとどまらず、ピリピリとした痛みにも感じてしまうほどです。今、つい「ひどくなると」という言い方をしてしまいましたが、今まで痒みというのは痛みの軽いものだと考えられてきました。例えば乾燥による皮膚の痒みの場合、皮膚の表面が乾燥することにより表皮が細かなウロコ状にめくれ、あるいは皮膚に細かな亀裂が入り、本来痛みを感じても良さそうですが、肉眼では見えないほどの小さな傷であるために痛みの弱いもの、つまり「かゆみ」として感じるのだと。実は最近の実験ではこの説は否定的な結果が出ているのですが、そもそも痛みや痒みの科学にはまだまだ解明されていない謎も多く、私個人的には感覚的に納得しやすいこの説を気に入っています。ここで少し学術的な話をしますと、人間の知覚神経のうち、触覚や圧覚(圧力を感じる感覚)と温度覚や痛覚を伝える神経繊維は別のものとされており、逆に言えば熱い、冷たい、痛いという感覚は同じ神経繊維を使用します。ですから場合によっては神経が錯覚を起こし、冷たいものを瞬間的に痛いと感じたりすることがあるのだそうです。しかし、通常は温度なのか痛み
なのか、皮膚にあるセンサー(温点、痛点という言い方は知られていますね)が的確に判断する仕組みになっています。で、痒みは痛みと同じセンサーと神経繊維を使用することや、痛み刺激によって痒みが治まることから、痒みは痛みの弱いものと考えられたようです。でも、かゆい時は誰だって掻きむしりたくなりますし、でもひっかくと痛いことは誰だって知ってます。頭ではわかっていても掻きたくなる気持ちこそ、本能的に痒みを超えた刺激、つまり痛みを与えれば弱い痛みである痒みが治まることを知っているのではないかと思うのです。子供の頃、蚊に刺されたところに爪で十字状に跡をつけると痒みが消えると聞き、信じてたことはありませんか?事実しばらくは痒みが治まった気がしませんでしたか?医学的にも痛み刺激で痒みが軽快することが認められています。単なる迷信ではなかったのです。でも、これも最近の研究では、逆に痛み刺激によって痒みが増すこともあるらしく、痛みと痒みの関係はまだまだミステリアスです。医学も昨日までの常識が今日には非常識になってしまう発展途上の学問なのです。ああ、私はいったい何を信じればよいのでしょう・・・

 ついでに痛みについてもう少しお話ししましょう。みなさん、手術を受けた経験がある人はあまりいないかもしれませんが、盲腸(正確には虫垂炎ですが)の手術などでは腰に麻酔の注射をすることがあります。腰椎麻酔という麻酔で、けがをして縫合する時や、抜歯の時、直接傷口や歯茎に注射するのと同じ局所麻酔の一種です。この時、痛みや温度の感覚はないのですが、「触られている」という感覚(触覚)は残っていることがあります。皮膚の温痛覚を伝える神経は触圧覚を伝える神経に比べ、伝達速度が遅く、麻痺しやすいのです。正座で足がしびれた時にも、触った感じはあるけどつねっても痛くないという経験がありませんか?あれと同じ感覚です。さて、局所麻酔に対して、全身麻酔というのがあります。これは経験なくてもご存じのとおり、簡単に言うと眠ってしまう麻酔ですね。意識がなくなって動かないのだから痛みは全く感じていないと思われがちですが、実は眠らせるだけでは痛みは消えないんです。私も専門が外科であったため、麻酔科にもずいぶん修行に出されましたが、そこで初めて知って驚きました。全身麻酔で眠った患者さんに外科医のメスが入ると、とたんに血圧が上がります。もちろん患者さんは眠ったままで、顔をしかめるわけでも目が覚めた後で「痛かったぞ!」と言われるわけでもありませんが、体は痛みを感じているのです。しかし、いくら文句を言われなくても、血圧の変動は麻酔医にとって困ることですし、何より意識はなくとも患者の身体ストレスになることに変わりありませんので、私たちは麻酔の深度を調節したり、鎮痛薬を使用したり、場合によっては手術する部位を局所麻酔で麻酔したりと、たとえ本人は痛みを感じなくても除痛という処置を施します。痛みの科学というのもこれはこれで奥が深いものなのです。さて手術が終わり、麻酔が覚めるとしばらくは創(一般に「キズ」といえば「傷」という漢字を使いますが、医学的にはこの字を使うことが多いんです)、が痛むことがあります。最近は術後の痛みを緩和するための硬膜外麻酔という麻酔を併用することもありますが、以前は鎮痛剤こそ処方するものの、ある程度の痛みは手術にはつきものでした。しかし数日経って創が治ってくると、多くの患者さんは回診時の私たちの「創の痛みはどうですか?」の質問に、「もう痛くはないけどかゆいです」と答えます。治ってくると痒い・・・!やっぱり痒みは痛みが軽くなったもののような気がしてしまうのはこういう訳なのです。

 なお、このコラムでは、なかなか個別に応じて差し上げることができない在留邦人の方の健康相談の窓口としても、皆様からの御意見、御質問を受け付けたいと思っております。残念ながら全てにはお応えできませんが、できるだけこの紙面をお借りしてお応えしたいと思いますので、下記アドレスまで御遠慮なくメールをお送り下さい。

 medical@pk.mofa.go.jp ※アドレスに変更があります。ご注意下さい。

 また、このコラムは、医務官が北京で暮らす中で、あくまで一人の日本人医師の目線で日々感じたことを書き綴ったものであり、大使館としての公的見解や方針とは何ら関係ありませ
ん。


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