さて、このコラムが皆様の目に触れる頃には私は既に北京を離れてしまっていると思いますが、まずはこの4年間おつきあいいただき本当にありがとうございました。
私が初めて北京に到着したのは4年前の4月4日、中東はレバノンからドバイを経由して家族で降り立った初の北京は、外に出ると春なのに雪のような白いものがふわふわと飛んでいて(次の年には単なる“ウザい綿毛“という印象に変わりましたが)、その不思議な光景に、中東とはまた違った異国の地のドキドキとワクワクを感じたことを思い出します。今回、北京を発つのが4月3日ですので、ちょうど丸々4年間北京にいたことになります。この4年間、医務官としても、ひとりのオヤジとしても、いろんなことがありました。家族も増えましたし、最近急速に変わっているとよく言われる中国においても、特に私が赴任してから4年間は、オリンピック、万博、新型インフルエンザ・・・とにかく一日を必死に過ごすうちにそれが1週間となり、1ヶ月となり、そしていつのまにか1年になる。そうしてあっという間に4年が過ぎた気がします。ああ忙しかったなぁ・・・(愚痴)
特にこの医務官という仕事、館員が数名程度の小さな大使館ではそれほど感じませんが、ここ北京の大使館のように、館員数100名を超し、現地職員を加えると200名にもなる大規模な公館では、たった一人で何から何までやる部署というのもあまりありませんので、とりわけ孤独感を強く感じるんですね。たとえばこれが風邪の診察であれば、今さら人の手を借りようとも思いません。一人で十分です。でも、今まで経験したことのない医療に関することを一人で決めなければならない時など、相談相手もいない中で一人で考え、悩んでいると、自分の知識は果たして正しいのか、そもそも自分の頭が正常なのかどうかすら次第に疑わしくなってきたりするものです。やっぱり仲間は大事です。うん、我ながら今良いこと言った!そういえばこのコラムを掲載している北京日本人会ですが、近年どうも会員数が減少傾向にあるそうです。私も委員会の一つに所属していますので、そこでは「会員を増やすためには、もっと入会金に見合う魅力がないとだめだ!」と声を上げたりしていますが、新しい魅力のある企画やアイデアは、やはり新しい人が入ってこないと生まれません。このコラムを読んでる方はきっとすでに日本人会の会員なので、みなさんに声をかけてもしょうがないのでしょうが、仲間はきっと役に立つ日が来ますよ。その仲間は多ければ多いほど力になるはずです。というわけで、会員を増やしてもっと楽しいこと、役に立つことを新しい仲間と一緒に考えましょう!
・・・と、日本人会 (私は抜けますが(^^;))の宣伝をしたところで、いい加減本題に入りましょう。いえ、もともと最終回はこのようなグダグダの思い出話で終わるつもりだったのですが、去る3月11日、日本では未曾有の大震災が起こりました。被害者の方には心からお見舞い申し上げるとともに、偶然にも国外にいた私たちが深く考えさせられることもあったように思いますので、急遽この話を本題にしようと思います。
まず、ここ数年、中国においては反日のイメージがどうしても先行しがちだったのですが、この震災によって、中国人には多くの仲間もいることを思い出させてくれました。私個人的には、中国を離れる前にとても嬉しいお土産をもらった気がします。それから、日本の情報が事細かに各地メディアで報じられる度に、日本人の奥ゆかしさ、謙虚さ、まじめさ、律儀さ、民度の高さ、どう言えばいいのかよくわかりませんが、そういうところが中国だけでなく、世界中に理解され、好感を持たれていったように感じます。震災そのものは非常に残念な出来事であった反面、日本人の一人としてこういう部分が評価されるのはとても嬉しく有り難いと感じます。ただ、それが人間として正しい生き方であるかどうかは別の問題で、これは私の個人的な考えですが、日本人は生命力というか、生き残るサバイバル力というか、そういうものが少し足りないように感じます。例えば世界中の人を集めて一つの国を作ったとしたら、おそらく真っ先に日本人が絶滅してしまうのではないでしょうか。食料も毛布も、言ってみれば取ったもん勝ち、奪ったもん勝ちで生き残れるような極限状態においても、きちんと順番を待つ“不思議な”日本人はやはり希少種でしょう。ある外国人は私に言いました。「そうか、たとえ死んでもキマリを守るのが日本人なんだな。」う~ん・・・まあ、真っ向から反論はしませんが、あえて言わせてもらえば恥をさらして生き残るより誇り高く死ぬ方を選ぶのが日本人と言ったところでしょうか。いずれにしても日本を一歩出ると長生きはできない民族のようです。ですから、私は国外に暮らす日本人にはもう少したくましくなって欲しいと思うのです。いえ、なにも他人の毛布や食料を奪えとは言いません、でも、せめて自分の身の安全を自分で守る、何か異常事態が起こった時に自分は、家族はどうするか考え(いわゆるリスクマネージメントですね)ておく、そういったこともどうも日本人は苦手な気がするのです。かくいう私も立派な日本人ですから、きっと外国で長生きは望めないでしょうが。
そんな外国人から一種“尊敬の念”を抱かれている日本人ですが、その一方で、どうもいただけない話もあります。北京はそのメッカではないようですが、お父さんたち、一杯飲んだ後のタクシーの中とかで気を許して「今から女遊びに繰り出すぞ!」なんてことを声高に同僚や仕事仲間と話したりしてませんか?運転手さん(中国人)はしっかり聞いていますよ?私は大連などに出張の時、朝、ホテルのロビーを通ると、明らかに親子ほど年の離れた多くのカップル(本当に親子旅行だったらごめんなさい)がロビーのソファーを占領しているのを何度も見たことがあります。中国人はしっかり見ていますよ? いや、私も男ですし、そもそも世の中から性風俗産業とドラッグがなくなることはない(どうしてそう考えるのかは今回は割愛するとして)と考えていますので、決して聖人ぶって眉をひそめているわけではありません、ただ、少しは人目を気にするというか、それを不快に思う人間がいることも頭の片隅に置いて行動する、それが日本人だったんじゃないでしょうか?傍若無人な態度は日本人らしくありませんよ。なんだか最後にえらそうに苦言を呈する結果になってしまいましたが、外国での日本人、それをつくづく考えさせられた医務官生活でしたので、医務官を退官する今、あえて言わせていただいて筆を置きたいと思います。
ところで、大使館ではカラオケが禁止でしたので、今度、一旅行者として北京に来た時には、日本人としての誇りを忘れないよう、慌てず騒がず粛々とカラオケにも行ってみたいと思います。(ああ、やっぱり不養生はやめられない!)では皆様それまで再見!(^^)/~
このコラムは、今回が最終回となります。ちらほらと耳にしたご愛読者の方々、本当にありがとうございました。末筆ながら、皆様のますますのご健康とご多幸をお祈りしております。
また、このコラムは、医務官が北京で暮らす中で、あくまで一人の日本人医師の目線で日々感じたことを書き綴ったものであり、大使館としての公的見解や方針とは何ら関係ありません。