北京日本人会

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  ● Vol8 - Bon Voyage!

在中国日本国大使館 
医務官 稲富雄人

  このコラムが皆さんの目に触れる頃にはオリンピックも山場を迎えていることでしょう。この時期に北京にいた私たちにとっても、一生の思い出になるような素晴らしいオリンピックになって欲しいですね。
  
  さて、先日私は久しぶりに日本の学会に出席してきました。医務官になって、国外にいることもあり、会費ばかり払ってなかなか参加できない各種医学学会ですが、今回参加した学会は渡航医学、あるいは旅行医学と呼ばれる分野の学会です。なんだか名前は楽しそうですが、その内容はと言えば、皆さんのように長期間海外に在住する人を始め、研究や調査のため未開の地を目指す人、冒険家や、もちろん家族や友人とツアー旅行をする人など、様々な目的と地域、ありとあらゆる旅行者、さらには観光旅行を含め日本に滞在している外国人までもが対象となりますので、その研究テーマは膨大なものになります。また、交通機関や技術の進歩により、以前はなかなか行くことのできなかった場所でも、今や比較的簡単に行けるようになり、その守備範囲はますます広がるばかりです。きっと今頃は世界中から旅行者が北京に集まっていると思いますので、今回は旅行医学のほんの一部についてお話ししましょう。

  旅行者の行先は本当に様々です。大都市に行く人、自然を好む人、山に登る人、海に潜る人、常夏の島に行く人もいれば極寒の地に行きたがる人もいます。実は医学の分野でもそれぞれ細かく分かれており、高所医学、運動医学、熱帯医学、高圧環境医学、海洋医学などなど・・・挙げればきりがないほどで、勉強が嫌いな私でも専門科以外にいくつもの学会に所属することになります。その中でも、現代の旅行者全てにほぼ共通する分野といえば、まず航空医学でしょう。特にこれを読んでいる皆さんで飛行機に一度も乗ったことがないという方はおそらくいないでしょう。むしろ電車やバスのように気軽に利用する交通機関の一つという意識の方が強いかも知れません。そんな飛行機ですが、皆さんは窓の外の環境がどんなものか御存知ですか?巡航高度1万メートル超の成層圏では、気温マイナス50℃、湿度ほぼ0%、気圧は0.2気圧・・・というより、そもそも大気の層が1万m程度の厚さしかなく、地球にとって空気の厚さなど、ちょうどボールを包む薄い膜程度の(そんなちょっとしかない空気なんです。大事にしましょう。)ものですから、窓の外は「半宇宙」という言い方の方がイメージしやすいかも知れません。もし窓を開けて(もちろん開きませんが)外に出ようものなら人間などひとたまりもありません。そんな窓のすぐ内側で、ゆっくりと食事を楽しんだりできるのは、機内環境を人工的に作り出しているからです。気圧や温度を調整し、一部外気も取り入れながら高性能な空気清浄機を通したきれいな空気を循環させる。大変な技術です。でも、地上と比べてどうかというと、残念ながら実は結構厳しい環境なのです。気圧は高さで言うと、ほぼ富士山の五合目に相当しますので、酸素も薄くなり、呼吸器に障害を持つ人は息苦しいと感じるかも知れませんし、高山病に弱い人は頭痛や不眠などの症状が出ることもあります。耳が痛くなるのは誰しも経験したことがあるでしょうが、歯の治療が完全でない場合は歯痛や、お腹にガスがたまっている場合は膨張して腹痛の原因になることもあります。ですから、炭酸飲料は飛行前の飲み物としてあまり勧められません。また、最近機内ではお酒を控えるよう注意する広告も目につきますが、酔いが回りやすいだけでなく、低気圧下でのアルコール摂取は体に大きな負担をかけます。信じられない人は、一度富士山に登って酒盛りをしてみるときっとわかって頂けると思います。

  もう一つ機内の環境で大きく違うのは湿度です。機内では湿度が20%以下まで下がることがあり、配られたおしぼりがあっという間に乾いたり、冷たい飲み物が入ったコップの外側にいつまでたっても水滴がつかなかったり、鼻や唇、のどがカラカラになるのを感じる人も多いでしょう。粘膜が弱い人は鼻血が出たりもします。ついでに、同じ理由で実はコンタクトレンズも飛行中は不向きなのです。それ以外にも一時期有名になったエコノミークラス症候群(ファーストクラスなら起こらないわけではありませんし、他の乗り物でも起こりますので、今は次第に「旅行者血栓症」と呼ぶようになってきていますが)など、航空医学だけでもまだまだテーマがたくさんあります。ちなみにこの旅行者血栓症、特に妊娠中は腹部静脈が圧迫されるので起こりやすくなります。また、低酸素(低気圧)や脱水の影響も大きいので、航空会社の多くは36週以降の妊婦の搭乗には医師の診断書を必要とします。ですから、出産帰国を予定する方はなるべく余裕をもって計画して下さい。同様に新生児を飛行機に乗せることもリスクが大きいので、生後3ヶ月以降、できれば海外には6ヶ月以降に連れて行く方が良いようです。

  海外生活中はそれなりに気をつけている健康でも、日本への行き帰りは意外と気を抜いてしまうものです。移動中に体調を崩すことがないよう気をつけて、いってらっしゃい!(Bon Voyage!)

  なお、このコラムでは、なかなか個別に応じて差し上げることができない在留邦人の方の健康相談の窓口としても、皆様からの御意見、御質問を受け付けたいと思っております。残念ながら全てにはお応えできませんが、できるだけこの紙面をお借りしてお応えしたいと思いますので、下記アドレスまで御遠慮なくメールをお送り下さい。